院長コラム

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Vol.91 2010/12/15
道 標 みちしるべ

 クリニックを開設して10年という歳月が流れました。 10年という道標を無事通過できたこと、感無量です。この間、たくさんの方にお会いして、診察させていただきました。元気になられた方、現在も闘病されている方。私自身も、患者さん、そのご家族の皆さまから元気エネルギーをいただき、時にはお叱りを受け、叱咤激励されここまでこれたと感じています。本当に全てのことに感謝いたします。

 今年のNHK大河ドラマでは、龍馬伝が放映されていました。大きな夢をもって、人のために生き抜いた彼には私も熱いものを感じました。今年の医師会旅行で京都を訪れた時、暗殺される直前までかくまわれていた酢屋という材木屋の屋根裏を見ていただけに、とても身近に龍馬の存在を感じました。(余談ですが、この酢屋のこの屋根裏から、あのよく見る龍馬の着物姿のセピア色の写真が出てきたそうです)各藩のため、尊皇攘夷のためだけでなくの、もっと大きく広く考える彼の考え方は常に見習わねばと思います。まさに小我ではなく大我の愛を実践していたと思います。患者さんに接する時、またクリニックの運営でいつも、この小我と大我の愛の実践で悩んできた10年に、今また思いが巡ります。

 爽やかな迫真の演技をしていた主役の福山雅治さんの最新のアルバム 道標2010の歌詞に、とても心をうたれたくだりがありました。(福山さん掲載をお許しください。)

 

わたしはその手が好きです ただ毎日をまっすぐ生きて

わたしたちを育て旅立たせてくれた あなたのその手が好きです

 

雨に打たれても土に触って  ひとつひとつ種を蒔く背中は

あきらめた夢もきっとあるでしょう だけどわたしには笑顔で

                  ・・・

人に出逢い 人を信じ 人にやぶれて

人を憎み 人を赦し また人を知る

風に吹かれ 泣いて笑い 生きるこの道

 

あなたの笑顔 それは道標

風に吹かれ走っています

あなたがくれた この命の道を

 

 自分をこれまで育ててくださった全ての方への感謝の気持ちは忘れません。特に親にはやはり何があっても、ありがとうの気持ちがこみ上げてきます。いま、私を育ててくれた89歳になる父が、大病を患い闘病をしています。 福山さんのこの歌に心をうたれたのは、育ててくれた父の後姿に、その詞がかさなったからのようです。今日のこの道標を通過できたのも、親の無償の愛があったことをヒシヒシと感じます。これからは、父からバトンを受け継ぎ、その愛を、私を取り巻いてくれている皆さんに注いでいかなくてはと思います。若き日の父の大きな背中が、今の小さくなった背の向こうに見える気がします。けして忘れません、大きな父の存在を。

 2010年もあっという間でした。今年は、年初の二つの目標であった日本認知症学会の専門医試験合格とクリニック主催の江原啓之氏との対談の成功をクリアでき自分自身は納得の年でした。しかし診療面ではまだまだのところもたくさんあり、皆々様にご迷惑をおかけしたところもままありました。来年に向けての反省とテーマを自分なりにみいだしております。 福山さんの最近のアルバム 心colorの詞で今年を締めくくりたいと思います。

皆さん、よいお年をお迎えください!!

桂華先生 活花(診察室)

目の前にあるこの仕事って

自分のためだけに見えるけど

知らずに誰かを笑顔にすることが

あるかもしれない

 

そうやって誰も見てなくても

自分なりに決めたハードルを

少しずつ高く飛べるようになったら

 

Woo もう一年 また一年 頑張ってみるよ

もし君がいなかったら とっくに壊れている

 

めぐりめぐる どの時代も

今が一番キツイ時代だと

そのときどきで

誰もがそう感じるけれど

 

来年も再来年も

こうして君と一緒にいれるなら

年を取ることも

悪くはないと思えてくるんだ

心color

Vol.90 2010/11/15
和敬清寂

 尖閣列島の問題はじめ、経済不況や政治に端を発するさまざまな社会問題が新聞紙上を埋め尽くしている今日この頃です。

 先日ふと新聞を手にした時、心にしみこむ言葉を書いていた記事を目にしました。それが表題の言葉、和敬清寂(わけいせいじゃく)です。記事によると、日本の戦国時代に生きた茶の巨匠、千利休による茶道の究極の心得を表したもので、和して敬(うやま)い合い、清らかな心で不動の信念を持つという意味であるそうです。

 私たちの日常にも目を向けてみましょう。嫌な人、嫌な環境、全ての場合、仲良く関係を保つことができない、あっちが悪い自分のせいじゃない、尊敬などできない、そこからトラブルが生じているように思えます。そしてやがてそれがトラウマとして残ってしまい、事態が長引き抜け出せなくなってしまう。ほとんどの方が、ドロドロとした重い気持ちで、いつも、これでいいのかという、グラついた気持ちを抱えて生きていらっしゃると思います。そういう私も全く同じです。人から何か言われたことで傷つき、他人が悪い、仲良くなんかできない、毎日の診療の中で、落ち込んだ思い気持ちをかかえたままで、清らかな気持ちで敬意なんかとてももてず、信念もぐらつくことがとても多い日々です。

 9月の江原氏の講演の中でも、小我の愛と大我の愛について触れておられました。まだまだ、人生の修行が足りないせいか、大我の愛に満ちた和敬清寂の気持ちになかなかなれず日々悩んでいるこの頃の私です。皆さんはいかがでしょうか?

Vol.89 2010/10/15
たましいの気づき  医療とスピリチュアルの両面から (江原啓之氏との特別対談)
~ ありがとう そして ごめんなさい ~

 9月28日、大田区立アプリコ大ホール(1500人)にて、スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏を招いて、私のクリニック主催のスピリチュアル講演と江原氏と私の特別対談(その時のタイトルが表記のものです)を行いました。当日はお陰さまで、平日の雨天にもかかわらず、満員御礼となり、大きな感動と経験をもって終了することができました。江原氏さんにはもとより、ご来場を賜りました皆々様、講演会を企画・実行に尽力してくれた全てのクリニックスタッフに心より感謝いたします。

 第一部の江原氏の講演では、人生は旅、どれだけ込めて生きていくかが大切、たとえ現世で、周囲のみんなに嘘をついていても自分だけはだますことはできない、絶対、自分に正直に生きていくこと、そして生きる中では感情だけでなく理性も必要、そこに必要なのは 内観すること。まさに気づきが大切。 私が心に残ったフレーズを列挙してみました。込めながら、内観しながら理性をもちながら自分に正直に生きていきたいと、私のたましいの気づきでした。

 第二部の私と江原氏の対談では、この世で生き抜くためには、たましいとそれが宿る肉体両方とも大切にして生きていきましょうというのが、そのテーマの根底にあったものでした。

 まず、病とは医学的には細胞が正常に機能していないこと、スピリチュアル的には3つの病の観方があることが確認されました。1)肉の病 (過労、不摂生からくる) 2)思いグセの病、3)宿命の病 (寿命)。 この中で思いグセの病が一番多いとのこと。例えば、消化器の病を持っている人は、自分の人生を消化しきれない悩みや苦しみによってでるシグナル。

 うつ病はスピリチュアル的な観点から見ると愛の電池が切れてしまうと、愛の誤作動からくる病。重症化して苦しんで理性がなくなってしまった方には、「あなたが必要だ!」と、愛を持って周りの人が引っ張っていくことが必要な段階もあること。

 認知症は、過去のトラウマの表出状態であり、その周辺症状として暴言を吐く人は、元気なころ言いたくても言えなかったトラウマ、なんでも食べてしまう方は、食べることに悔いがあった方、徘徊する人は、何か逃げたい生き方だった。魂は生きている。怒ることをやらせてあげたい。毎日の介護は、してあげながら最後まで見守って、寄り添うこと。臨床医学からは思いつきもしない観方、まさにここにもたましいの気づきがありました。人間の体に、たましいが入るのはまさに受精の瞬間、体からたましいが抜け出し幽玄界に戻るのは、スピリチュアル的には脳死状態ではなく心臓が停止状態に陥った時。たとえ脳死になっても、人は最後まで 聴覚が残っている。脳死だったとしても、話している言葉は聞こえている。だから目の前の方に一杯話しかけてあげましょう。愛は脳から生まれるのではなく、心から生まれいずるもの。

終演時には、自分の生き方を顧みての瞑想(祈り)の時間を設けました。その時、江原氏から暖かい言葉がありました。瞑想は祈り、自分の魂が今、自分に必要なことを教えてくれる時。「ありがとう」必ず何かにお世話になって私たちは生きている。だから「ごめんなさい。」 つつがなく生きていることが当たり前だと思ってしまいますが、今、生きていることの事実自体が、たくさんのことに甘えてお世話になった結果であり、今があることを忘れてはいけません。生きていて ありがとう、そして、ごめんなさい。各人の意識と感謝によって、自分の中の愛の電池を充電できるとの内容でした。

この内容をこのコラムに書くにあたっては、一人のクリニックスタッフのブログの詳細な記録も参考にさせていただいております。今 私自身、あらためて、当日感じた私のたましいの気づきを、日々の生活の中でどのように実践していくか、実践していけるかを考えています。人間は感情の生き物、感情をどうやって理性でコントロールしていくか! 本当に私自身も大問題です。 講演会の後、たくさんの方からお手紙やメールにてご意見・感想をいただきました。たましいの気づきは皆さん三者三様。

しかし大事なことは、ご自分のたましいが気づいたら、自分のたましいに嘘をつかず、体を大事にメインテナンスをしながら、生き抜くことではないかと思います。

みなさん、医療とスピリチュアルの両面から我々の生きるということを考えること、これは本当に大切なことだと思います。医療のみでも、スピリチュアル一辺倒でもけしてよいとはいえません。 両方の良いバランスを保って、生き抜いていこうではありませんか!!

Vol.88 2010/9/15
江原啓之さんとのspecial talkの月です

 あっという間に今月が訪れました。今月28日はスピリチュアルカウンセラーの江原啓之氏との対談です。蒲田の大田区民ホール アプリコで行います。

 生きるということ。医療とスピリチュアルの両面からというテーマで行います。

 この対談は7年前からの企画であり、私のクリニックスタッフによる立案、企画、運営、全てがクリニックの手作リのものです。大変頑張ってくれているスタッフには心から感謝です。

 当日は、私も脳外科医として、一人の生身の人間として、肉体とたましい、そこに何を気ずくか? 思いのたけをぶつけてトークして参りたいと思います。また、終わりましたらコラムします。

 それでは、おみえになれる方は、当日会場でお会いいたしましょう!!

Vol.87 2010/8/15
あとせいぜい30年

 在宅診療をしているとき、感銘を覚えたことがありました。

 ご高齢の実母を介護されてる娘さんとの会話の中でした。 そのお宅のまさに隣に、三階建の家ができることになりました。当然、そのお宅は真っ暗になってしまいます。私はそのことを隣の方とお話されましたか?と伺った時のことです。娘さんがおっしゃるには、隣とは小学生以来の付き合い、ごたごたしたくない。母を看ている私だって、あとせいぜい30年、生きているかわからない。TVでやっている龍馬の時代だって先生、考えてみれば、100年ちょっと前、すぐ前のことですよ。となりと付き合える30年だって、すぐいっちゃう。もめごとなんかより、楽しく生きたいわ。

 私は、この方の考え方、このお気持ちの持たれ方にとても心を動かされました。なにをあくせく、しかめっ面をして生きてるのだと、龍馬が笑いながら隣にいるような気持でした。

Vol.86 2010/7/15
支持することの信念

 6月から今月にかけて日本の政権がまた何かぐらついていますね。私は政治の話をするつもりは全くありませんが、昨年九月の選挙で、あれだけの日本人が現在の政党を支持する投票結果でした。それから半年で、あっという間に25%前後の支持率になってしまうことに驚きをかくせません。一度支持したら、皆で軌道修正をするような何らかのwaveをつくり、4年間は支持すべきだと思います。ほったらかしはダメです。皆でなおしながらです。

 皆、いいところ悪いところがあると思います。ある程度の周期で、政治が変わるのもいいと思います。でも、一度決意をもって支持したら、最後まで見とどける、それも支持している形の表れではないでしょうか?

Vol.85 2010/6/15
親の教育か? 未熟な自分か?

先日、火曜日の往診の最中に危機一髪で、飛び出した自転車と接触しそうになりました。私がマーチを運転中、携帯を見ながらの自転車がT字路から飛び出してきたのです。携帯の他、耳にはヘッドホンを付け、交差点を止まらずに飛び出してきた中学生くらいの子供でした。急ハンドルで何とかぶつからず回避しました。  ここからです。 私が『危ないじゃないか! ちゃんと止まってサイドを見なさい』、と言ったところ、うるせえんだよ!といって、私の車の前に自転車を横付けし、にらみ合いとなりました。何度もクラクションを鳴らし、注意を促しましたが言葉はエスカレートするばかり、しまいには、こいつに俺はひかれた、こいつが当て逃げしようとした、とまで周囲の通行人に言い放つようになりました。大森医師会館のすぐ前でもあったため、私は、医師会に電話をかけ、警察を呼んでもらいました。今度は到着したとても若い警察が、私が経過を話し、あたってなんかいないといっているのに、先生の車、随分キズが付いていますね。このキズは何でしょう。 いま鑑識を呼びます、ということになり、いつの間にか、私が事故を起こし当て逃げをしようとしている犯人のような雰囲気になってしまいました。鑑識が、あたった痕跡なし、事件性なしといって、やっと解放されました。その間、2時間半、往診予定だった方々は全てキャンセル。大変なご迷惑をかけてしまいました。

注意されて逆切れする子供、これは親の教育か?それとも自分が未熟なせいか。私はこれは、学校でなく教育が一番であると思います。怒ると叱るは違います。愛情に満ちた叱る、これが今の子供の教育には必要なのではないでしょうか?

Vol.84 2010/5/15
環境から心をつくる!

私の尊敬する脳神経外科医に低体温療法を確立、普及させた、林成之先生がおられます。

ご存知のように、何人もの北京にいったオリンピック選手に精神的なバックボ-ンを与えられた先生です。

林先生の著書の中に、脳にいい習慣のくだりがでてきます。これは単に脳の回転をよくするだけでなく、心への負担を減らして体をいい方にもっていく実践法だと思いましたのでご紹介いたします。

  1. 愚痴を言わない
    愚痴をいうと周囲の人に同時発火の現象を起こし、ネガティブな波長が広がっていく。救命センターでスタッフ達に教育したところ40%救命率が上がった結果があり。駄目だ、厳しい、大変、忙しいと言うと、人間が本来持っている力を発揮できなくなる。
  2. 趣味をもつ
  3. ゴ―ルをゴ―ルと思わない。 北島選手に電工掲示板をみたときがゴ―ルと思え(壁に手を着いた時でなく)と言い、見事北京オリンピックで連覇を果たした。

職場で家庭で、我々はたくさんの重荷を背負って生きています。自分が少しでも楽になりたいと、人は皆思います。 自分が良くなる、楽になるためには、まず自分が変わって、自分自身の内面の環境を変える。実に興味あるお言葉ですよ。僕も一つでもやってみようと思います。

Vol.83 2010/4/15
おかえりなさい

おかえりなさい

言葉の中には

「もうどこにも行かないで」の

気持ちが込められています

 

 大野勝彦さんの詞から引用させていただきました。

 最近、家族の間でも恋人たちの間でも会話が少なくなってきていると言われます。なにげないコミュニケーションにも、その時々の気持ちが伝わります。日頃、外で活動していてなかなか待っている方のもとに帰れないあなた、本当にご苦労様です。そしてその帰りを待っているあなた、長かったですね、この時間。

 おはよう、おやすみ、そして、おかえりなさい。 あなたの気持ちが伝わります。

Vol.82 2010/3/15
卒業の春

 靖国に桜の開花を告げられると春の訪れを感じます。

毎年この時期になると、一つのものの節目と新しい時の訪れに向かって、何かを感じます。

 毎日の流れの中に、ただ漠然とした時間の流れを感じる時、何も変化がない日常生活・苦しさの連続の中であえいでしまっている時、涙が止まらなくなってしまうことがあります。この日常から逃げたくなってしまいます。

 そんな時、いままでこれだけがんばってやってきた自分を褒めてあげてください。こんなにやってきたじゃないか! 苦しくて苦しくてそこから逃げるのではない。 これだけやってきたのだからもういい。 たくさんのことを経験できた。卒業しよう!! 逃げるんじゃない、次に向かってジャンプアップの時が訪れたと思ってみてください。

 逃げるのではなく卒業する時が、あなたにも訪れた今年の春かもしれません。

Vol.81 2010/2/15
お互いのあり方 男女の場合

 世間はバレンタインで賑わっていますが、クリニックには毎日、男女間の問題で心を痛めて診療におみえになられる方々がたくさんおられます。

最近本当に、パートナーとの関係に悩んでおられる方が非常に多くみられるように思われます。 男性が全く振り向いてくれない、反対に男性の言動に振り回されている女性。DVを受けている方。逆に女性の日常生活態度に疲弊し、仕事が手につかない男性、等々。お互いが知り合った時には、きっとウキウキしていたでしょう二人が何故こういう状態になってしまうのか、理由は当然いろいろあると思います。

 男女がかかわりあう場合、生活を共にする場合、お互いをプラスの方にもっていけるかどうかが、もっとも大切なことだと思います。その人をマイナスの方向に引き下げるようでは、いけないと思います。渦中に入ってしまうと、相手を上げているのか下げているのかわからなくなってしまうもの。そういう時は、第3者の冷めた目を通して判断してもらうのもいいのではないでしょうか?

 人は変われる一緒なら、とよくいわれます。いい方に変わるのも、よくない方に変わるのも、パートナー次第の方がほとんど。人は弱いもの、なかなか一人では生きられません。どうせなら、相手を引き上げて、自分も上がるというのがいいと思います。

Vol.80 2010/1/15
その先へ  Dream Comes True!

 2010年 新しい年が明けました。今年も、こんな年にしたいという希望を胸に新年の幕開けを迎えられた方が多いと思います。すがすがしい空気をたくさん吸って、脳にも活力を吹き込みましょう。

 年末のNHKの紅白で、ドリカムというアーテイストが、『その 先へ』という歌をうたっていました。このグループは、若い方のみならず、我々の世代にまでよく浸透している二人です。お二人の生き方は、まさに僕の医師としての歩みと一緒でした。伺うところによると、ドリカムは昨年で活動開始から20周年だったそうです。毎年毎年、精力的に活動され、われわれを明るく元気付ける歌を歌い続けてきてくれたことに、一人のファンとして感謝したい気持ちとともに、お二人の軌跡を思うと胸が熱くなります。

 今回の歌詞と曲名に込められているように、今までと今の状態に満足せずにその一歩先に進もうとする気持ち、その先へ希望を描き続ける熱き心、僕自身もこの心を今年の信条にしていきたいと思います。

 大河ドラマ龍馬伝の主人公 坂本龍馬も、言ったそうです。『たとへ、どぶの中で倒れようと、前を向いて死にたい』と。

 みなさん、あきらめずに、こうなりたいと思い続けていきましょう。きっと苦しい中にも、明りがみえてきます。

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